体臭 ( 術後臭 PATM ) を克服した経緯を書く ブログ

約8年間悩んだ体臭を克服して、2年経ちました。 その経過を書いていきます。 とっつきにくい内容かもしれませんが、少しでも参考になればと思います。

2019年04月

私が内観を続ける理由


内観…潜在意識をクリアにする作業、ということですが、

これは体臭の悩みを克服したあと、今現在も続いています。

ひとつ前の記事で書いた「花粉症の克服」もそうです。

あ、花粉症ですが、おかげさまでその後、まったく薬も目薬も使っていません。

飲んでいたサプリもほぼやめてしまいました。

ビタミンB群とマグネシウムとトリファラを思い出したときに、

あとお腹の調子がイマイチかなというときに、ミヤリサンかロイテリ菌を飲むくらいです。

それでも、症状はむしろ落ち着いてきていて、今ではかゆみもありません。

ただこの時期、空気中の微粒子が多いのは間違いない(車のフロントガラスなど見てると)ので、

時々鼻がムズムズしてくしゃみを2、3回することはあります。

でも、アレルギーのような症状はなく、くしゃみをして、一回鼻をかめばそれで終わり、です。

一応、外出時はマスクをするようにはしています。

それも時々忘れますが、晴れて風の強い日にマスクなしても、さわやかな気持ちで外を歩けます。

一応来年の花粉シーズンの調子を確認しなきゃな、とは思ってますが、

個人的にはもう「花粉症治った!!」と言っていいと思ってます(笑)




話を戻して、内観のこと。

潜在意識の中の不要な思い込みやトラウマ的な記憶をクリアにしていくことで

体臭に引き続き花粉症も治すことができた、それだけでも自分頑張ったと褒めてやりたいですが、

それよりももっと細かいところで、日々、内観を続けています。

どこかの記事で書いたと思うのですが、

体臭の悩みを克服しても、その先何の憂いもないバラ色の人生、というわけではない、ということ。

勿論、解放された直後は見るもの全てがバラ色に見えました。

今までできなかったことが何のストレスもなく出来ることが嬉しくて、

ウキウキの日々はずっと続くものと思っていました。

でも、内観のことを教えてくださった方からは「これはゴールじゃないよ」と教えてもらっていて、

しばらくして私自身、「体臭の悩みから解放されてもやっぱり色々あるよね…」と思い知りました。

人間関係の悩み、家族のトラブル、お金の悩み、病気のこと。

生きていると、誰でも何かしらあるわけです。

私も、引きこもり生活から再び仕事をするようになって、まずは人間関係で随分苦しみました。





体臭の悩みと同様、嫌な現実の元になっているのは、自分の潜在意識の中身です。



私が職場で見せつけられた嫌な現実とは、

威圧的な上司に文句ばかり言われる、面倒ごとばかり押し付けられる、

お客さんからは、一生懸命やればやるほど「私頑張ってますという態度が鼻につく」

「申し訳なさそうにしすぎな態度にイライラする」

「そんなに頑張りたいならミサイル飛んでくる外国の街でボランティアしてくれば」

とまで言われたりしたことでした。

とにかく忙しく、頑張っても頑張っても認められず、

ミスをすると、これでもかと責められました。

威圧的な上司の元、社員みんなが緊張していて、お互いのミスを見張り合うような環境。

そんな威圧的な上司も、お客さんからの信頼は厚く、誰も文句は言えませんでした。

心が休まるときがなく、会社では食欲もなくて毎日コンビニおにぎり1つとか、ゼリー1個、

それでも胃が痛くなることがありました。

そんな職場なので、当然離職率も高く、入ってすぐに辞める人がたくさんいました。



そんな状況で、1年くらいは歯をくいしばって頑張りました。

やっと体臭を克服して始めた仕事。

自分にできることは何でもやろうと思って、この仕事についた。

自分ばかり忙しい気がするけど、充実してるってことだ。働けるだけありがたいってこと。

上司は怖いし人使い荒いけど、上司も率先してプライベートを削ってまで働き通しで、

お客さんからも信頼されてて尊敬すべき人。

ひどいこと言ってくるお客さんもいるけど、精神科に通院してるらしいから仕方ない。

誠意をもって接していればいつか通じるだろう。

そもそも、ひどいこと言われるのは、私の潜在意識の中に悪いものがあるからかもしれない…。

だから、嫌な思いをするのは全部自分のせいで、文句を言いたくなるのは自分の心が狭いから。

周りの人は、自分のダメなところを見せてくれてる鏡なんだ、と。



そんなことを考えながら、頑張っていました。

でも、ひどいことを言ってくるお客さんから、その後もずっと言われ続け

あるとき散々暴言を吐いたあと、「自分とのこういうやり取りで、これまで何人もスタッフが辞めた。

でも、今はスタッフの人数が足りないんだから、くれぐれも辞めないように」

とものすごい上から目線で言われたとき、私の中で何かかプツンと切れました。


「いや、辞めるしかないだろ~~~~~~!!!!」と。


もう、この人とは解り合える気がしない。

これまで解り合いたいとひたすら低姿勢で向き合ってきたけど、そんなことに意味はない。

というか、もうムリ。

そもそも、このお客さんがこういう態度でくるのも、全部上司がそれを許してるからでしょう?

お客さんは何をしても、何を言っても許される、

問題は全てスタッフのせいだから、と毎日のように上司が言ってたじゃないか。(お客の前で)

お客さんは、自分にとって都合の良い上司を信頼してるだけで、

上司は上司で「お客さんを支えてる自分」に酔って、面倒ごとはスタッフに押し付けている。

そんな共依存関係の両者から、スタッフはサンドバッグにされてボコボコにされてた。

なんで自分は、そんな上司を無条件に信頼・尊敬して、お客さんの理不尽にも我慢してきたんだろう。

このお客さんとも、上司とも、もう解り合えなくていい。

こんな職場、やめたってかまわない。いや、すぐやめよう。



そう思いました。

そこからさらに内観していくと気づきがあって、


・自分ばかり忙しい→「できることは何でもやろう」
              「忙しいほど充実している」
              「達成感は困難の先にある」
              こうした固定概念のせいで、いつも忙しく面倒事を押し付けられる
              頑張っても頑張っても認められないどころか、忙しく困難な状況ばかり。


・ひどいことを言われる→「誰とでも仲良く、解り合う努力をせねばならない」
                「嫌なこと・人にも感謝せねばならない」
                「嫌な現実は全部自分が悪いから」
               だから、「これでも誰とでも仲良くするんでしょ」とばかりに暴言を聞かされる。
               何をやっても「あなたのせい」と言われてしまう現実があらわれる。



などなど。さらに重要なのが、押し込めてきた本音を探り、

同じく押し込めてきた感情を「感じきる」ということでした


面倒事を押し付けられて本当は嫌だったけど、「充実してる」と自分をごまかして我慢してきたこと。

困難なんて嫌いなのに、困難を乗り越えることに価値があると思ってたから、困難ばかりだったこと。

誰とでも仲良くしなくちゃと思って自分の本音をいわずにニコニコしてきたけど、

暴言吐くような人なんて大嫌いだし、ひどい言葉に傷ついた。悔しかった。悲しかった。

本当はすごく怒ってたのに、我慢して我慢して、ため込んでいた。

上司も暴言を吐くお客さんも、大嫌いだ。彼らとは一生解り合えなくてかまわない。

自分の人生に必要ない。さようならっ!!

もう自分に我慢はさせない。本音のままに仕事も辞める!




こんな感じです。実際には、上司とお客さんに対してはもっと罵詈雑言でしたが(笑)

でも、実際本人にぶつけるわけじゃないのと、

本当に押し込めてきた感情を「感じきる」のが必要なので、

例えば心の中に相手を思い浮かべて「ふざけんな!」「ばかやろー!」と叫ぶ(勿論心の中で)

とかでもいいみたいです。そして、終わったあとに罪悪感は必要ない。

最近は、「言霊」というのが気になるので、あまり良くない言葉は使いたくないのですが、

当時の私が、自分の感情を感じきるためには、

相手から受け取ったストレスや暴言と同等の言葉を、

相手のイメージにぶつける必要があったのかなと思っています。

プラスマイナスゼロ、のように、

潜在意識の不要なものは、真逆のエネルギーで相殺できるそうなんですね。

別件で「過去(術後臭前)に上司から命令され続けたことがトラウマ」になってたとわかったときは

「人に命令する立場を味わってみる」というのも有効であると、専門家に教えてもらいました。





こんな感じで、「誰とでも仲良く」「困難の先に達成感がある」などの不要な固定概念をなくし、

その固定概念のせいで起きた嫌な現実の中で感じるはずだった感情をきちんと感じたところ、

なんと、翌日から現実は変わり始めました。

変わり始めたというか、もうガラッと変わって、この人別人?ここは別世界?のレベルです。

といっても、職場内限定ですが。

まずは、目に見えて面倒な仕事がまわってこなくなりました。

むしろ「なぜ?」という楽な作業を、翌日には「あなたの担当にします」と言われました。

さらに、「顔色悪いけど大丈夫?」と上司に気遣われたり。

何より、暴言のお客さんがまったく絡んでこなくなりました。

何度も書いてますが、本当に変わるときは一瞬で変わるんです。

もちろん、内観後も一瞬では変わらないときもあるし、それでも全然かまわないんですが。

とにかく、嫌な現実があれば、それに耐えるんではなく、その意味を考える。

すぐに答えは出て来なくても「原因はなに?」と自分に問いかけるだけで、周波数は変わります。

周波数が変われば、原因を探る方向に、見えなくても変化が始まります。

何となくでも原因がつかめてきたら(この固定概念が原因かな、とか、あのときのあの記憶?など)

固定概念や記憶にまつわる感情を「感じきる」こと。

そんな感じで、日々ちょっとしたことでも、違和感を感じたら、自分に問いかけるようにしています。



ちなみに、職場でのことはこれで終わりではなくて、変化があったその後も

「もうこの人と仕事はしたくない」と心から思ったので上司に退職を申し出ました。

ただ、人手が足りないので新しい社員が入ったら…と言われ、しばらく残ることに。

それから2、3ヶ月たったところで、上司に呼び出されました。

するとなんと、上司自身が来月末で退職することになったので、

あなたの退職は新しい上司と相談してほしい…とのことでした。

結果的に、「この人とはもう仕事はしない」と決めたら、

相手の方が会社からいなくなることになったのです。

しかも後から、同僚に「社長とケンカして辞めることになったらしい」と(^_^;)

その上司は、辞めるまでの間、ずっと社長の悪口を言い続けていました…。

それで職場の雰囲気は平穏になったものの、何だか色々疲れていたので、

新しい上司にもキッパリ辞めると伝えていました。

が、退職の2日前になって、「給料上げるから残らないか」と言われ、

今現在も同じ会社に勤め続けて1年以上経ちます。(残ることになってから)

暴言を吐いてきたお客さんは今も来ますが、なぜか相談されたりするほどの仲です。

「仲良くしないと」「解り合う努力をしないと」と思って我慢してたときはトラブル続きだったのに

「こんな人大嫌い」「もう解り合えなくていい」、と感情を感じきったら

なぜか暴言も一切なくなり仲良くなっていて(だからといって好き、というわけでもないですが(笑))、

あの経験のおかげで大きな気づきと成長があったことに、感謝できるようになりました。

今となっては、辞めていった上司にも感謝しています。





そんな感じで、ありがたいことに職場は落ち着いているのですが。

今現在。

私は潜在意識のクリアリングについて、また大きなテーマと向き合っています。

今回は家族にまつわるトラブルがきっかけでした。

もう久々に「絶望」の文字が頭の中をグルグルするほどの衝撃で、

2、3日は食事もろくにとれませんでした。

ちょうど1週間前のことで、ひたすら内観を続け、今回もゾロゾロ出てきました。

今回は大嶋先生の本やブログに出てくるワードと関連してることが多かったです。

「一体感」「孤独」とか。あとは過去の記憶からくる罪悪感。

そして「ありのままの自分を信頼できていない」ということ。

だいぶ自己肯定感が上がったと思っていたのですが、まだまだ自分に自信がないようです(笑)

家族のことなので詳細は避けますが、体臭の悩みを克服するとき以来の

1週間集中して内観する、ということを通して、解決はまだですが、見通しはたってきました。

1年くらい経ったころには、笑って振り返ることができるだろうと思っています。

というか、アファメーションにしておこう。

「一年後には笑い話になっている」と。いや、半年後、にしようかな(笑)




ということで、「私が内観を続ける理由」でした。




ここでしばらく更新をお休みします。

GWに親戚の集まりがあったり、旅行に行ったりで忙しくなるので。

GWが明けて、さらに落ち着いてから、次の記事を書くことになると思います。



花粉症が治ったかもしれない話


今回は、「花粉症が治ったかもしれない」というお話です。

治ったというのは言いすぎかもしれませんが、症状は劇的に軽減した…ということで。

長年悩まされてきたという点と、症状が以前とは変化してきていること、

なかなか治らない、という点では術後臭やPATMと似てるな…という気もします。

まあ花粉症はアレルギーですから、PATMなどとは違って原因ははっきりしています。

病院にもかかりやすい。

でも、量子論や意識のことを知るにつけ、

花粉症だって意識で治るはず、と思うようになっていました。

体臭の悩みを克服した後、去年・おととしは

特に花粉症を治そうと考えることもなかったのですが、

今年は「なんとかしたい」という気持ちが強くなりました。

それで、今年はこれまでとは花粉症との向き合い方を変えたんです。




花粉対策として、数年前からキネシオロジーを使うお医者さんに

漢方と点鼻薬と目薬を処方してもらってました。

それ以前は、病院にはかからず、

市販の鼻炎薬やアレルギー薬を飲んで症状をおさえていました。

花粉症になって20年くらいになりますが、面倒くさがりなので病院には極力行かない、

術後臭・PATMになってからは病院に行きたくてもよっぽどでないと行けない、という感じで

どちらにせよ症状がひどくて耐えられなくなってから市販薬や病院を頼る、を繰り返していました。



今年は、2月に花粉症とは別件でキネシオロジーの先生のところに行く機会があったのですが

ミヤBM(関連記事「ミヤリサン(ミヤBM)はやっぱりすごい」しか処方してもらわなかったのです。

症状が出だすのが遅かったのと、「今年は何となく大丈夫な気がする」という

なんともふわっとした理由で、今年はこのまま乗り切れる気がする、と思ったから(笑)




で、3月に入り10日を過ぎたあたりから、「全然乗り切れそうにない!」となりました(>_<)

目が猛烈にかゆくなり、鼻と喉の境目もかゆい。痛い。鼻水も出だした。

改めてキネシオロジーの病院に行くには、ちょっと遠いのと待ち時間の長さと、

ここ最近の忙しさで時間調整が難しかったこともあり、

ドラッグストアで急場しのぎをしようと、薬を探しに行ったのでした。

そこでミヤリサンのことを書いた記事に追記したミヤフローラEXを見つけ、

あとは花粉症によく効くというアレルギー薬(マツキヨブランドの)を購入。

目薬は、近所の眼科で処方してもらったアレルギー用のものと、

普段から使っているαトリノ水というシリーズの中の点眼液を使っていました。

αトリノ水は除菌に特に効果があるし、有害成分が入ってないので点鼻にも使います。



その他、なるべく乳酸菌を多く取り入れる食生活とサプリを。

最近サプリはたまにしか飲んでなかったので、毎日続けてこんなに飲むのは久々でした。


ケルセチン&ブロメライン(今回はドクターズベストをチョイス。アレルギー抑制)
ビタミンB群(B6がアレルギー抑制。活性葉酸はメチレーション対策。個人的にB2不足)
ビタミンC(アレルギー・ストレス抑制など色々)
クエン酸マグネシウム(フィシオにて処方されたもの。体質的にMg不足)
EPA(DHAも高濃度のもの。炎症を抑える・細胞膜の強化)

また、腸内環境対策として
ミヤフローラEX(またはミヤBM)
ばんのう酵母くん(熱くない飲み物に入れて飲んだり、点鼻にも)
ロイテリ菌(時々)
トリファラ(後半から毎日)
オリーブリーフ(時々。悪玉菌除菌に。天然の抗生剤とも)


※ばんのう酵母くん・ロイテリ菌・トリファラについては、
 「とにもかくにも腸内環境③サプリなど」という記事で紹介しています。


これに加えて、鼻水やかゆみがひどくて耐えられないときは

病院のステロイド入りの目薬や、ドラッグストアで買ったアレルギー薬を飲みます。

症状をおさえるには、やはり強い医薬品が一番即効性がありますね。。。




これらの取り組みをして1か月になりますが。

もしかして、花粉症、治ったかもしれません。

が、これらの取り組みのおかげ、というより、「内観」が大きかったと思います。

そう、「意識」の方です。

サプリや乳酸菌は、出てる症状を緩和したり

ひどくなるのをおさえるのには役立ってると思いますが、

花粉症そのものを治すにはやっぱり最後は意識なのかな…と感じています。



ということで、この記事のメインはここからです。

薬やサプリに頼って対症療法で辛いかゆみなどをしのぐ中、

「花粉症」にまつわる「潜在意識の不要なもの」と向き合う作業をしました。

思えば、今年は潜在意識のクリアリングで体臭・PATMを克服して3度目の春ですが、

去年・おととしは「内観して花粉症治そう」という気持ちに全くならなかったんですよね…。

体臭完治してから最初の春は、花粉症くらい大したことないと思ってた。

その次の年…去年は結構ひどかったけど、騙し騙し何とか耐えた。

多分、体臭の悩みからの解放で十分満たされてて、

花粉症の症状があまり気にならなかったのかなと思ってます。

というか、前の記事の「治った人は色々やってる」と同じく、

「花粉症くらい(術後臭・PATMに比べたら)大したことない」という思いが

そのまま潜在意識に刷り込まれて、「花粉症どんとこい」な現実を引き寄せてたんでしょう。

とにかく、「内観しよう」ということに全く気がつきませんでした。

どんな「病気」も意識がかかわってる!と思ってたはずなのに。

よく考えたら、術後臭・PATMでフィシオエナジェティックに1年半くらい通ってたんだから

花粉症の季節もかぶってたはずなんだけど、花粉症の相談をしてないんですね。

本当に、今の今まで

「本気で治したい」と思わなかった(というか治るものと信じ切れてなかった?)ので

治るわけもなかったんだな…と改めて思った次第です。



そして今年。

ようやく本気で花粉症を治したい、と思った。



で、今回の私の内観について、です。

参考までに、体臭の悩みを克服したときの内観について書いた記事が以下になります。

潜在意識をクリアにする③

↑のときは専門家のお世話になったのですが、今回は自分だけです。

日常生活で嫌なことがあったり違和感のある出来事があると

日々内観するので、普段やってること、となります。

いつもは自分(潜在意識)に問いかけるように原因を探り、

浮かんできた古い記憶や不要な固定概念、気づきを経てスッキリ、となりますが

今回の花粉症は結構大きなテーマだと思ったので、

久々に「問いかけ」を文章化し、それについて浮かんできたことを

潜在意識をクリアにする③のときにしたように、書き出す作業をしてみました。

なので、その内容をこちらに載せておきます。



まず、「自分が花粉症になった原因はなんだろう」「治すために何が必要だろう」と

自分の内面に意識を向けると

「お題を見つけて、それに対して浮かんできたことを文章にする」という考えが浮かんだので

ネットで花粉症を克服した人のブログなどから、「お題」やテーマを決めました。


①花粉症になった当時なにがあったか(ネットで見つけたお題)
②花粉症の症状はどんなものか。それに対してどんな対策をしたか。それにまつわる心情。
③花粉症であることのメリット(ネットで見つけたお題)
④結局、花粉症は私にとって何であったのか
⑤花粉に対するイメージの書き換え(ネットを参考にして考えたお題)
⑥「春」に対するイメージの書き換え


①と③は花粉症を克服した人のブログで出てたお題。

②と④は体臭克服のときのお題を花粉症用にアレンジ。(過去記事潜在意識をクリアにする③参照)

⑤と⑥は「治った後の自分をイメージすることが大切」、とうことも踏まえ、

ネット情報も参考に、自分で思いついたテーマ。


①花粉症になった当時なにがあったか(ネットからお題)

花粉症を意識したのは、学生時代。
一人暮らしを始めて2年めか3年めの春。
バイトの行き帰り、30分ほど歩くことが多くて、
そのとき鼻水が止まらなくなることが続き、「花粉症かも」と気づく。

今思うのは、一人暮らしをして食生活がガラリと変わったこと。
母親はカップめんなどが大嫌いだったので、あまり食べさせてもらえなかった。
一人暮らしすることになり、
今後は「カップ麺とか、好きなだけ食べられる」と思ったことをおぼえてる。
実際よく食べるようになったし、それ以外にも外食が増えたりコンビニも利用、
食事時間もバラバラ、食生活全体のバランスはかなり悪くなった。
当然、腸内環境も悪くなったはず。

そのくせ、母親の影響で「インスタント食品は身体に良くない」という強い思いもあった。
食べたいものを食べつつ、「本当は身体に悪いんだけど」と思い続けていた。

そういう思いが、精神的にも良くない影響を与えていたと思う。
ストレスと腸内環境の悪化。振り返ると、そんな中での、花粉症の発症だった。


・花粉症の症状はどんなものか。それに対してどんな対策をしたか。それにまつわる心情。

症状について思い返すと、結構変化してることに気づく。
昔は滝のような鼻水だったけど最近はそうでもない。
鼻水の量よりも鼻と喉の境目の痛痒い感じ、これがひどい。
以前のように鼻の穴の奥が充血して詰まる感じもない。
鼻が詰まって寝られないこともあったのに、今は詰まることはほとんどない。
これは、5,6年前に上咽頭炎を意識した頃から変わったように思う。
この頃から時々、喘息っぽい咳が出るなど、
鼻だけでなく喉(気管)の状態も悪くなったったと思う。

初期の頃の花粉症対策としては、昔はヨーグルトを毎日食べる、くらいだった。
その後べにふうき茶を飲んでみたり、漢方を飲んでみたり。どれも効果はあまり感じられず。
症状が軽くなれば、とは思ったが、「治る」ものだとは考えもしなかった。
その後体臭に悩むようになり、食事に気をつかうようになると、
腸内環境対策や化学物質を徹底的に避けてた時期も。
それでも、年によって楽なときもあったが、「治った」ということは一度もなし。

というより、体臭に悩んでからは、花粉症のことはわりとどうでも良くなっていた。
体臭の悩みが辛すぎて、花粉症のことを気にする余裕がなかった。
鼻のムズムズよりも周囲の反応ばかり気にしていた。
花粉症より体臭・PATMの方を何とかせねばという気持ち。
そもそも引きこもりで滅多に外に出なくなったし。

体臭を克服してからは「花粉症くらい何でもない」という思いさえあったかも。

・花粉症であることのメリット(ネットからお題)

花粉症克服のセミナーみたいなものに参加したという人のブログで、
「花粉症になったことによるメリット」がお題として出た、とあったのを見て、
最初は「花粉症であることにメリットなんてあるわけない」って思った。

でも、すぐに浮かんできた。

それは、大嶋先生の本やブログでもよく出てくる言葉、「一体感」。

すると昔、9年も勤めてた会社での出来事が思い出された。
苦手な男性上司。苦手な先輩女性。苦手な人が、二人とも重度の花粉症だった。
花粉の季節になると、「いかにキツイ症状か」「○○が効いた」
「今日は風が強いのに症状が楽」等々、花粉症の話題で彼らと盛り上がった。
その会話の中では、普段の会話と違って気遣いや緊張がなく
「一体感」を感じられたことを思い出した。
上司に「コンタックが効く」と教えてもらって、
同じ薬を飲んで症状を抑えていたことも思い出した。
会社を辞めてからもコンタックを買い続けていた。
他に新しい薬がどんどん出てるのに、なぜかコンタックばかり買い続けていた。

今の職場でも、花粉症の話題で盛り上がる。
「あなたも花粉症ですか、大変ですね」「花粉症がないなんて羨ましいです」等々、
当たり障りがなく、共感を得られやすかったり、相手を持ち上げるネタにもなったり。
症状は本当に辛いのに、人とのコミュニケーションで一体感を得るのに、
その症状が意外に役立っていたのだ、と気づいて愕然とした。

 
・結局、花粉症は私にとって何であったのか

そんな簡単に答えは出なそう、と思ったものの、
すぐに心に浮かんだのが「罰」という言葉。
「いったい何に対する罰なのか」と心に問いかけると、これまたすぐに浮かんだのが、
「食生活の乱れに対する罰。身体に良くないと思いつつ医薬品を体に入れる罰。
身体に良くないと知りつつインスタント食品を食べることへの罰」と。

さらに「医薬品やインスタント食品に含まれる添加物など、
化学物質への嫌悪感。拒否感。不安感。
徹底的に食事制限してるときは、少しでも体に化学物質が入るのが怖かった。
食事制限がゆるくなってからは、身体に悪いと思いつつ、
添加物の入った食品を食べることへの不安やら罪悪感があった。

薬も同じ。特に花粉症の時期、普段飲まないアレルギー薬や点鼻薬・点眼薬を使うことに
嫌悪感・拒否感・不安感があった。
いつも「本当は身体にも精神的にも悪い」と思ってた。
それでも、症状を緩和するために飲まざるを得ない。そのことに対する「罪悪感」

最初に出てきたワード「罰」とつながる。

悪いものとわかってて、身体に入れざるをえない食品添加物や医薬品などの化学物質。
そうすることへの罪悪感。それに対する「罰」が花粉症ということ?

ここへ至り、気づいたこと。

杉花粉そのものに対する思いも同じ。身体に入ることへの嫌悪感。拒否感。不安感。
そして、花粉・杉を敵視してきたこと。

いつも「杉なんかこの世からなくなればいいのに」「さっさと他の木と植え替えてほしい」
「大迷惑」と思ってきた。敵視していた。


・花粉に対するイメージの書き換え
医薬品や化学物質を体内に入れることへの嫌悪感・拒否感・不安感から、
杉花粉への嫌悪感・拒否感・不安感へとつながった。
ここで、花粉症を克服した人のブログにあった
「杉・花粉に対するイメージの書き換え」とつながることに気づく。
そのブログによると、辛い花粉症の元だからと、花粉を敵とみなしてもしょうがない、
杉は植物として酸素を供給してくれていて、あくまでも自然の一部である、
そこで、杉や杉林に対して感謝をしたり、
植林した人たちに思いを馳せるなどして、
自分の中の杉や花粉へのイメージを良くすることで
症状が軽減した…というようなことが書かれていた。
それを参考に、自分も杉や花粉を敵視しても何にもならないということ、
杉という木のイメージをニュートラルにすることをイメージした。
テレビなどで、花粉が煙みたいに舞う映像を見て
花粉症の不快な症状を結びつけることをやめるよう意識すること。
たとえ症状が辛くとも、別に「杉」が悪いわけではない、ということ。
そのように、杉を「自然の一部」として親しみと感謝をもって見るイメージをする。

さらに、杉だけでなく、花粉症の症状を和らげてくれた医薬品。
アレルギー薬や目薬など。
これまで「毒」に対するように嫌悪感・拒否感・不安感も持ってた薬品も
花粉に対するのと同じように、敵視するのではなく、
辛い症状を抑えてくれた「味方」だと思うこと。
そして、症状を和らげて楽にしてくれたことに感謝をすること。
飲むのきには、そのようにイメージすることを心掛けることにする。

・春に対するイメージの書き換え
花粉症になってから、ずっと春は重たいイメージだった。
「ああまた花粉症の季節が始まる」と。
温かくなって過ごしやすくなって、気持ちが明るくなるはずなのに、ちっとも楽しくなかった。
そのイメージを書き換えることにする。
本来春は、気持ちの良い季節。子どもの頃は大好きだった。
そのときの春のイメージを思い出す。
花粉や医薬品に対するイメージと一緒に、春に対する新しいイメージも
日々思い浮かべるようにしていた。
そんな中、料理中にふと思い出したのが、昔読んだ読んのこと。
桜の木の下で、主人公の友人が花粉症に苦しんでいる描写の部分だった。
思えば、あのとき自分はまだ花粉症ではなかったうえ、
「花粉症」というアレルギーのことも知らなかった。
これまでずっと、花見のときは花粉症のイメージがつきまとって、
マスクをしながら「桜は綺麗だけど、花粉症のせいで心から楽しめない」と思っていた。
その現実の元になっていたのが、あの小説だったのかもしれない。
それだけでなく、「花粉症」との最初の出会いがあの小説だった。
それが悪いわけではないけど、「桜の季節は花粉症のせいで楽しめない」という
固定概念はもういらない、と心から思った。
そのうえで、春と桜の新しいイメージを思い浮かべることを継続する。





こんな感じで書き出しをしました。


内観をして3,4日、「ちょっとマシになってきたような?」というタイミングで

猛烈に目がかゆくなり、今までにないほど充血し、ひどい頭痛がしてきました。

強い薬(マツキヨで買ったアレルギー薬)を飲んだせいか…とも思いましたが

翌日、目が開きにくいほどの目ヤニが出て

あ、これはアレルギーじゃない…となりました。

実は、家族がその3週間ほど前に細菌性の結膜炎をやったのですが、

どうもそれと同じか似たような菌に感染してしまったようなんですね…。

で、細菌に効く目薬をさしつつ、アレルギー対策を続けつつ1週間。

目のかゆみと充血は、マシになったりぶりかえしたりでしたが、

花粉症のようなくしゃみ鼻水の症状はおさまってきていたんです。

で、結局結膜炎の完治に約3週間かかりましたが、

結膜炎が治った今、花粉症の症状がほぼおさまっているのです。

私の花粉症は毎年、3月に入ってだんだんひどくなり、4月上旬がピークで

桜の花が散り、GWになる頃には軽減して、

GW明けにはマスクもなにもなしで晴れやか!となるのですが

現時点で、一応外出時マスクはしてますが(花粉だけでなくPM2.5も気になるし)

症状はほぼありません。

完治宣言するにはちょっと早い気もしますが、今までにない感じです。

全く症状がないわけではなく、時々くしゃみを連発したり、目がかゆくなったりはします。

でも、すぐにおさまるので、薬と目薬はこの2週間ほぼ使っていません。

4月8日にどうしても集中したい用事があって、念のためアレルギー薬を飲んだだけです。

最初は、「明らかに軽減してるけど、飛散量が少ないだけかも」と思っていました。

でもここ数日この地域の飛散量は「非常に多い」となってるのですが

やはり変わらず症状はおさまっていて、薬は飲んでいないのです。

サプリは時々忘れたり種類を減らしたりしてますが、飲み続けてます。

ひどいときは、サプリだけではひどいかゆみが治まらず、

アレルギー薬と点鼻・点眼が必要でした。

今は、それが一切必要ないんです。




「今まで」と一番違うのは、「意識で花粉を治す」と思うようになったこと

今回初めて、花粉症の原因を潜在意識の中に探る作業に取り組んだこと、

あとは、今シーズンから使っているサプリなど(ミヤフローラEX・

トリファラ・ばんのう酵母くん)

もありますが、加えたサプリだけで治った(軽減した)というより、

やはり内観が大きかったと感じています。潜在意識のクリアリング・書き換えです。



まあ、GW明けまでまだ間があるのでどうなるか様子を見る必要があるのと

最終的には来年のシーズンで症状が出ないで済むかどうか。

これが確認できれば、本当に「花粉症完治!」といえると思うのですが、

現時点でもこうした変化が見られたことは、個人的に大きな出来事でした。


うん。花粉症、もう卒業でいいです!





最後のオチ…みたいなもの。

実は、この記事を書き始めたのは、「花粉症の症状治ったかも」と思う前、でした。

具体的には3月20日頃から書き始めて、4月10日に書き終わりました。

4月10日の時点では花粉の飛散量も多い中、症状はすっかり軽減して

「うん治ったかも」と思ってましたが、

3月20日時点では、サプリや薬の対策を始めて1週間ほど、

「変化はあるけど…うーん」という状況でした。

そんな状況でなぜ「花粉症治りました」という記事を書き始めたのか、というと。

「花粉症が治る」というのを確信するために、自分に言い聞かせるために

あえて「治ってきた」…とはっきり感じる前に、記事を書き始めたんです。

超・長文の「アファメーション」みたいなものです。

過去記事(キネシオロジーのこと)の記事でも出てきた、「アファメーション」とは…

アファメーション(affirmation)とは肯定的な断言をする事。
個人的な「誓約」をする事。

具体的には「~したい」「こうなれば良いな…」という願望を
「~なっている。」と断定して繰り返し唱える事で、潜在意識に働きかけ、
変化や成長が遠くの未来にあるものではなく
「今・ここにあるのだ」という現実を作り出す事と言われている。
(はてなキーワードより)



つまり、「こうだったらいいな」という言い方や「~したい」という言い方は

単なる「願望」であって、実現にはほど遠い。

むしろ、今現在「願望は叶っていない」という事実の上塗りになってしまう。

だから、「花粉症を治したい」「治ったらいいな」ではなく、

「私は花粉症が治りました」と、治る前から断言してしまう。

それが「誓約」みたいになって、「治った現実」への近道になる…みたいな意味でしょうか。

そんなわけで、私も花粉症が治ったかも!とはっきり感じる前、3/20頃から

「花粉症が治った」という内容の記事を書き始めてみたんですね。

でその間どんどん症状がおさまっていって、

4月10日に書き終えてさらに記事を寝かせて、症状を観察してましたが、

やっぱり落ち着いているのです。



個人的には、サプリと潜在意識のクリアリングと長文アファメーション(予祝)の

3つの相乗効果で良い結果が出たのかな…と思いつつ。

体臭・PATMを治す上でも、参考になるのではないかと考えています。

同じように、お題・テーマを設定して自分で書き出してみることや、

アファメーションを唱えて(書いて)みる、などですね。

ただ、↑みたいな私のは長文すぎるみたいなので、そこはやりやすいやり方を探してみてください。



以上、私の花粉症完治(あえて言いきる)への道のり、でした。

私の花粉症の完治については、今後もう少し状態を観察する必要がありますが…。

不安に思ったり疑ったりすれば、それが現実になるので、

「絶対治ってる!」と思うようにして、周囲の人にも「治った!」と言いまくってますけどね(笑)




「治った人は色々やってる」という幻想



これまで、体臭やPATMの悩みに限らず、嫌な現実の元になるのは

過去の古い記憶(傷ついたり悩んだりした記憶など)や

他人から知らず知らず刷り込まれた固定概念のせいだ、ということを書きました。

今回、それに関連することで思い出したことがあるので、そのことについて。

体臭やPATMの悩みから解放されようと努力する中、

当時の私にとって、実は足かせになっていた固定概念を思い出したのです。

時間のある方は、過去記事↓を読んでからこちらの記事を読んでもらうと

より、わかりやすいかと思います。


潜在意識をクリアにする②他人由来の固定概念


他人由来の固定概念。

他人、というのは自分以外の誰かということで、身内も含みます。

というか、幼児期から思春期までの子ども時代に

特に接する時間の長かった相手から刷り込まれることが多いとのことです。

つまり、多くの人の場合、母親の影響を大きく受けるということです。

これは良い悪いの話ではなく、人間誰でもそうだという話です。

「誰とでも仲良くしなさい」
「お兄ちゃんなら我慢しなさい」
「人に迷惑をかけてはいけません」


これらは、子どものため、円満な家庭生活・社会生活のために

多くの親が子どもに教え込んでいることですが、

それらの固定概念にまつわる経験をした瞬間

感じたマイナス感情を無理に抑え込んでしまうと、

その抑え込まれたマイナス感情は、本人とって望ましくない周波数を持ったまま

潜在意識に保存されてしまいます。

そして、その後も事あるごとに

「誰とでも仲良くしなくちゃいけない。〇〇さんとは気が合わないけど」
「年上だから我慢しなくちゃいけない。弟にひどいこと言われて傷ついたのに」
「どんなに苦しくとも他人を頼っちゃいけない。迷惑になるから」

という感じで、親に刷り込まれた固定概念を引きずって葛藤することになります。

同じようことが、延々と繰り返されます。

なぜだか気に合わない友人知人がいつもそばにいる、とか

弟や妹など身内だけでなく、年下、部下など目下の人に遠慮して不満が募ることばかり、とか

自分ではどうしようもないことだったり、誰かに頼れば済む話でも、

迷惑をかけたくない一心で助けを求めることができず、かえってこじれてしまう…とか。

さらに、例えば弟にひどいこと言われて傷つき、我慢を重ねるうち、

ついにキレて弟を叩いてしまったとします。

すると、「ああ、我慢しなくちゃいけないのに叩いてしまった。自分はなんて悪いヤツなんだ」

と、我慢でストレスがたまるだけでなく、自己否定まで始まってしまいます。

負のスパイラルです。

自分を支配する固定概念に気づいて、それを拒否するまで、

ずっと繰り返されることになるんです。







ここへきて、体臭やPATMの悩みと関連する固定概念で、

実際私が囚われてたもの。それが、


「治った人は色々やってる」


という固定概念です。

最近になって気づいたのですが、これは厄介な固定概念であり、強固な暗示だと思っています。

「色々やらなければ治らない」ということの裏返しだからです。



掲示板でこの言葉を見たのを、はっきりと覚えています。

ビタミンBが効いたとか、有酸素運動が良いとかの情報から、

日々の辛い思いまで、色んな人がいろんなことを書きこんでいました。

そうした中、「じゃあ、結局何をやったら治るのか」とか

「同じことやっても効く人と効かない人がいるよね」みたいな流れだったと思います。

その流れの中で誰かが書き込んでた

「治った人は色々やってる」という言葉が、やけに印象的でした。

そして「自分もとにかく色々やろう」と強く思いました。

でも、今思い起こすとそれだけでなく

その裏には「色々やらねば治らない」という強い思いもあったんです。




前の記事で

「潜在意識のクリアリングに到達するために、それまでの個人的な取り組みや、

フィシオエナジェティックで示されたサプリにも勿論助けられたと思っています。

でも、最後はやっぱり、意識の変化が必要だったんだと思っています。」

と書きました。

こういうのを読むと、じゃあ自分も個人的に色々な取り組みをやって

さらにフィシオエナジェティックのようなところで身体にあうサプリを調べてきっちり飲んで

最低限それくらいやらないと意識の変化は起こらない…

と思ってしまうかもしれませんが、それは違います。

色々やることは必ずしも必要なことではありません。





「こんな症状が私にもあるかも!」と読んで思った瞬間から、“催眠療法”が始まる


と、『あなたを困らせる遺伝子をスイッチオフ! 脳の電気発射を止める魔法の言葉』

の本のあとがきで
大嶋先生がおっしゃってます。

それはプロのカウンセラーならわかる催眠の手法であり、“暗示”が効いて

これまで対処が困難だった症状にまでアプローチができる手法なのだ、と。

これと同じ原理なのだと思います。

「治った人は色々やってる」という言葉を掲示板で見た瞬間から、暗示にかかり

「色々やらないと治らない」という思い込みが潜在意識に刷り込まれた、ということです。

キネシオロジーのこと」の記事で書いたフィシオエナジェティックの経験談での、

「不思議なことに反応が全部消える」ということが起こるように、

量子論の原理的に、治るときは色々やらなくても一気に治ることも可能なはすなんです。

なのに、「色々やらないと治らない」というだけでなく

「色々やっても治らない人の方が多い」と思い込んでる人も多いのではないでしょうか。

私がそうでした。

このブログの過去記事からの抜粋ですが


今思うのは、私は当時(というか術後臭に悩むようになってからずっと)
手術によって脇から汗をほとんどかかなくなったことに恐怖を感じていたんですね。
大量の汗とともに毒素を排出してた(だろう)はずなのに、それを強制的に止めてしまった。
だったら、汗が出るようにならなければ、最早治らないのではないか
でも、手術で汗腺を取ってしまったから、もうそこは二度と再生できない。
術後臭・PATMが治らないだけでなく、身体の中にどんどん毒素がたまっていってしまうかも。
この恐怖が、いつもありました。
玄米菜食をしても、サプリを飲んでても、脇汗を取り戻せない以上
結局全部無駄なんじゃないか…という恐怖。

完治するまで、ずっとその思いがありました。



この強い思い込み(=脇汗を取り戻せない以上、何やっても無駄)があったから、

色々、本当に色々やったけど完治できなかったのだと思います。

私のように、色々やってるのに大きな改善がみられず疲れてしまっている…

という人は、結構多いのではないかと思うのです。

そんな場合は、「色々やらないと治らない」

「色々やっても治らない人が多い」「脇汗が戻らないと治らない」などなど、

マイナス方向の暗示にかかっている可能性があります。

思い当たる固定概念、思いつきませんか?

体臭やPATMを克服するのを邪魔している考えに、心当たりはありませんか?

人それぞれに、他にもいろんな不必要な考えが、潜在意識に潜んでいるかもしれません。

「自分は何をやっても中途半端」など、一見体臭やPATMとは関係のない固定概念や

そう思い込むきっかけとなった過去の嫌な思い出などが出てくることもあるでしょう。

自分の心に問いかけてみて、ふと浮かんでくる不要な考えがあれば

どんどん手放していってほしいと思います。

ただ、そうした固定概念の中には、

「これまで生きてくるのにどうしても必要だったもの」、という場合もあるかもしれません。

私の場合、例えば「手術で脇汗が止まったから、毎日半身浴しないと老廃物がたまってしまう」

というもの。

今では「もう、うんざり」と手放した考えですが、当時はそうしないと外に出られなかった。

どうすれば治るのかわからず手探り状態の中、「毎日お風呂で滝汗をかく」という行為が

次の日外に出るための儀式みたいになっていた。

それがあったから、何とかあの日々を乗り越えられた。

その後、意識のことを知って「半身浴はもういい」と思い切るまで、

その固定概念は、確かに私を助けてくれていたんですね。

だから、自分の中にまだまだたくさんある固定概念ですが、

それらを決して禍々しいものとは思っていません。

潜在意識のクリアリングとは、「自分の中の汚いもの探し」ではないんだ、ということを

最近感じているところです。






話しがそれましたが。「治った人は色々やってる」という幻想について。



「色々やる」ことが悪いことだとは思っていません。

色々やってるうちに改善がみられ、それが自信になり、自己肯定感があがる、

そこから自分への信頼が生まれ、一気に完治にいたる…という道のりもあるので、

色々やってきた自分、色々やろうとしている自分を否定することは絶対しないでいただきたいです。

さきほども書いた通り、不要な固定概念は治るための足かせにはなってるかもしれませんが、

これまでの自分を助けてくれた“同士”みたいなものでもあるからです。

そして、効果の無かったと思われる取り組みの数々も

無駄骨だった…と後から思う取り組みが山ほどありますが

それを一生懸命やってた自分のことは、全力で肯定すると決めています。

あのときの自分、よく頑張った!あのときはあれがベストだった!と思っています。

自己否定したり、反省したりすると自己肯定感だだ下がりなので

一番無駄なことは「反省」かもしれないな…とさえ思います。

だから、色々やる必要はないけど、色々やるのが悪いわけでもない。

ただ、色々やって停滞感のある人は、もしかしたら

ここらで意識を切り替えるタイミングなのかもしれない。



以前のことを思い出して、そんなことを考えました。


というわけで、私もとことん無反省に、潜在意識のクリアリングを続けようと思ってます(^o^)



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